薄暗い灰色の空の下で、小さな墓の前に、一人の男が屈んでいる。

今日は彼女の命日だ。彼女の好きだった雪上に咲く白い花を供え、ルイーズは刺すような冷たい空気の中で、かつて愛した人のことを思い出していた。

十年ほど前、ミーリアがこの世を去った日も、空は同じ憂鬱な灰色だった。
原因不明の病に侵され生命力が低下し、しまいには自ら歩くことも出来なくなっていた。
彼女を介抱していたルイーズは、彼女が永遠の眠りにつく日まで傍を離れることは無かった。
そのため学校も休みがちになっていたが、友人や部活のメンバー、担任の教師等の理解を得られていたので特に問題にはならなかったらしい。

彼女に対して、ルイーズは特別な感情を抱いていた。初めて出会った時から、ミーリアのことを知っているような気がしたのだ。
小学校に入学して間もない頃、彼女が野犬に襲われそうになっていたあの時、落ちていた大きめの枝を振り回し、担任の先生が駆けつけるまで何とか持ちこたえた。
何かに言い聞かせられるように、放っておいてはいけないと強く感じていた。自分の命に代えても守らなければと。
それから、ルイーズとミーリアの仲はたちまち親密になっていった。毎日のように一緒に下校したり、二人きりで裏山まで月を見に行ったりした。
十代の頃には周囲の目が気になりはじめ、大っぴらにいちゃつくことは無くなったのだが、それでも二人の熱愛は周りに筒抜けだった程だ。
そんな二人に突如、悲劇が訪れる。ミーリアが未知の病に罹り、床に臥せってしまった。
体力が衰え、車椅子での生活を送る様になった彼女は、数カ月後には病院で点滴の管につながれ、とうとうベッドの上から起き上がることも出来なくなってしまった。

ある日の病院での出来事。ミーリアの着替えを持ってきたルイーズに、看護師が慌ただしく駆け寄ってきた。
ミーリアの容体が急変した。それを全て聞くこともなく、ルイーズは数階上の病室まで駆け上がった。
薬品のにおいが充満する病室に、金色の髪の少女が一人冷たくなっていた。ルイーズは彼女の手を握り、ただ涙を流すことしかできなかった。
窓の外は、小さな雪が舞っていた。ルイーズはあの日のことを、どれだけ時が経過しても忘れることはできなかったのだ。

ポケットに持っていた古ぼけたスマートフォンが振動した。画面を確認すると、2年ほど前から付き合い始めた女性『アンナ』よりメッセージが届いていた。
「もうじきショッピングモールに着きます。今、どちらに居ますか? お姉さんの好きなモノ、まだ聞いてないです」
今日は一番上の姉が、夫やその子供たちと共に実家に帰省するのだ。一番目の姉に第三子が誕生したので、ルイーズの両親が孫を見せろとうるさかったらしい。
この前も、三番目の姉の歌手デビューを祝ったばかりだと言うのに、またも食材の買い出しに行かなければとぼやいていたルイーズに、アンナは二人でショッピングに行こうと提案したのだ。

アンナは数年前に、ルイーズの近所に引っ越してきた。銀色の長髪が美しく、趣味のスポーツで引き締まった肉体で多くの男性を魅了した。
しかし、生真面目な性格のためか多くの男に言い寄られるも、付き合いにまで発展したことはそれほどなかったらしい。
そんな彼女は、奇しくもルイーズと同じ会社に就職した。何度か同じ職場で仕事をこなしていくうちに、決して手を抜かず結果を出し続けるルイーズの堅実な人柄に惚れていった。
家が近いこともあってか、仕事以外でかかわることも増えてゆき、徐々に二人は惹かれていった。
近頃、アンナから付き合い以上の相談を持ち掛けられる事もあり、今後腰を据えて彼女を支えていこうと、ルイーズは心に決めていた。

ルイーズは、再度スマートフォンに目をやった。画面にはハイライトされたニュースが映し出されている。
極東の国と月を拠点とする武装勢力との戦闘が、激化したというものだった。極東とその植民地である月は、数十年前から険悪な関係である。
月の武装勢力は強引な本国からの独立を訴え、武力によって抵抗しているが、当然極東は月を国家として認めておらず、世間的には大国で起こった内乱という認識だ。
はじめは単なる小競り合いに過ぎなかったのだが、次第に大規模な紛争に発展し現在まで凄惨な戦いが繰り広げられている。そのせいで通信衛星や外国の宇宙ステーションが強奪される等の事件が、かれこれ数十年にわたり発生しているのだ。
しかし、ルイーズの住む国には懸念していたような影響はなかった。
というのも、この国は極東と友好な関係であり、様々な物資を輸出することで利益を得ていたからである。
月は極東に対応するのに精一杯で、関係国に報復を行うような戦力など到底持ち合わせていなかった。
したがって、この国に住む人々は間接的にではあるものの弱者を死に追いやる国家の中で、平穏な生活を営んでいる。


雪がふわりと、ルイーズの肩に落ちた。もうじき雪が降ると予報されていた時刻だ。冷たい風が頬に吹き当たり、ルイーズの体の芯まで凍えさせた。
「もういくよ」とミーリアの眠る墓石に声をかけ、ルイーズは車の止めてある駐車場へと歩き出す。それと同時に、粉雪の大群がわっと空中を舞った。


ルイーズは知る由も無かった。このとき自らが何者かに監視されていたことを。